はじめに
明治の終わりに、姉崎在住の画家・広瀬蘆竹が当時の姉崎のくらしを描いた画帳「故郷姉崎町年中行事」が残されています。 
石﨑千恵さんはこの画帳の絵一枚ごとに歌を詠まれました。
石﨑さんはその思いを次のように語られています。
『蘆竹の画に広がる生活・行事や景色は、とても興味深いものです。
 すでに無くしてしまった光景は多いのですが、なくしたくない絆を感じました。 それらを短歌のリズムに乗せてみました。』

ここでは石﨑さんの短歌と原画を対比して紹介します。
なお、絵の解説は「姉崎を知る会」の会員が付与しました。   

          故郷姉崎町年中行事を詠む

 1 門榊 姉埼神社の女神「帰らぬ人を待は嫌じゃ」と
 2 筒粥の占い神事正月の十五日あさ姉埼神社
 3 「かたびて」や「ほうほんや」とて子供行事の始まる正月 
 4 片又木十二社神社の氏子たち四百年を引き継ぐオビシャ
 5 遊びにも時の流れとその土地に馴染んで言うは「玉切り遊び」
 6 初午の稲荷大社の鎮座の日豊作願い部落の絆
 7 辻祈祷平安願う村人のいつも身近に祈りのありて
 8鬼子母神子授け願い安産に健やかなるを叶え賜えと
 9 潮干狩り家族揃って裾はしょり海の恵みの暮らしの恵み
10 名入り凧揚げて祝うは親心鯉ものぼれる端午の節句
11 天羽田は姉崎地区の飛び地市なり春は蕨に秋は茸よ
12 遠浅の海の豊かさ直ぐそこに浅蜊ざくざく腰マキ漁よ
13 姉埼と浅間神社の登山式六月一日祈る富士講
14 七夕の子らの仕事は「ハイ馬」なる真菰の馬を引いて帰るよ
15 笹飾り七夕祝いの設(しつら)えの思い思いの願いを込めて
16 盆市にお迎え仕度の買い出しの先祖を敬い集うは楽し
17 新盆に僧侶と共に村人も唱える七字門題目を
18 盆終い十五日夜半練り歩き施す功徳の「団子貰い」
19 海難の供養も皆で浜町の海岸に集う施餓鬼の日には
20 盆踊り山王山のおさん狐みなと一緒に輪の中入る
21子ども獅子戸各に巡る「桃食って こてぇらんねぇ」渡御の前には
22 列なして轅(ながえ)を担ぐ神輿あと馬に乗りたる宮司の続く
23 「蝗送り」子ども行事のひとつなり稲を守れと虫を払うよ
24 沢庵を藁で巻いたら地を叩き子どもら歩く「もぐら追い」とて
25 風祭二百十日の厄日には風害免れ稲の育てよ
26 十三夜十五夜片目と翌月も月を愛でるは今も変わらず
27 長遠寺 祖師御難法会を執り行い日蓮先徳の教えを説いて
28 御開帳 長遠寺にて十二日法会に多くの人の集まる
29 流鏑馬の姉埼神社の神事にて地元の人々「まと」と呼びたり
30 「まと」のあと土俵に向ける熱き声あちらこちらで相撲大会
31 神無月 出雲へ御出座(おでまし)見送りに詣でる人の温かくあり
32 酉の市 今津朝山鷲神社 県を跨いで出店(でみせ)の賑わい
33 ドッサリと採れるを地元「バカ」と呼びむき身にすれば「アオヤギ」となる
34 年の暮くらし変われば大掃除いまは名のみの煤払いかな
35 商いの中心地なる姉崎の人混み一際 歳の市なり
36 庭先に姉崎浦の広がりて富士のお山を近くに感じ
37 蘆竹描く姉埼神社の杜さらに深くなれども周りは変わり
38 姉崎の先達眠る髭題目 妙経寺の山門前に
39 本尊は読経日蓮大菩薩 参詣集める長遠寺なる
40 海よりの文殊菩薩を安置する椎津の森の瑞安寺なり
41 霊光寺 大師の石像ならび立ち四国遍路と同じご功徳
42 身を呈し風よ鎮めと志那都比古の尊を祀る島穴神社
43 いつの世も花を楽しむ人々の集うは出津の桜の並木
44 遮るの建物のなく彼方には鹿野山まで見えたる時も
45海は凪ぐ鋸山も館山の鏡ケ浦も清らかに見ゆ
46 平安と豊作祈る季節ごと役に立てたる子どもの遊び
47 人の輪と絆の強い営みを絵の中に知る姉崎のくらし
48 画は蘆竹 人を野山を描き巡る年中行事も日々の暮らしも