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12 養老町



変形四叉路を藤田金物店側に左折すると養老町である。

「少年の日の幻想曲」から昭和十二年頃の養老町の子供達を覗いてみよう。
<遊び仲間には事欠かなかった。一応、養老町界隈の稼業と子の名(敬称略)を列記すれば、金物屋の良、傘屋の彦、蹄鉄屋の健、葛餅屋の秀、長寅(大工)の信、仕事師の久、足袋屋の浩、焼芋屋の和、荒物屋の治、肥料屋の富、自転車屋の幸、泥鰌屋の徹、粉屋の利、鍛冶屋の政、床屋の勇、精米屋の猛、大塚屋(莨、穀物販売)の実、鋳掛屋の吉、外交官の高・・・・・
蓮華の花園での兵隊ごっこも紙鉄砲を撃つ音、棒切れを叩き合う音が入り乱れた肉弾戦になった。
餓鬼大将格の焼芋屋の和ちゃんが、威張りくさって割り込んで来て、乃木大将の健ちゃんからサーベルを取り上げて、東郷元帥に変身した。着物の両剣先を裂いてぴたんこの勲章を付けていた。片方が楠木正成で、片方は後藤又兵衛だった。
「杉野は何処(いずこ)!杉野は何処!」
と、床屋の勇ちゃんが叫んだら、傘屋の彦ちゃんが杉野兵曹長になって、花園で溺れた真似をした。花園の戦場には、旅順も、爾霊山(にれいざん)も、連合艦隊も、バルチック艦隊もへったくれもなかった。
戦場は一変して幕末になったりする。粉屋の利ちゃんが西郷隆盛になり、外交官の高ちゃんが月形半平太になった。自転車屋の幸ちゃんが桂小五郎で、小塚屋の実ちゃんが鞍馬天狗になった。長寅の信ちゃんが坂本竜馬になって、泥鰌屋の徹ちゃんが高杉晋作になって、池田屋で剣を交えたりすることになった。
小川の竹薮から、仕事師の久ちゃんの猿飛佐助と、鍛冶屋の政ちゃんの霧隠才蔵が跳び出して、坂本竜馬と高杉晋作に戦いを挑んだ。そこへ、どちらの助っ人(すけっと)か解らない蒟蒻屋の秀ちゃんの黄金バットが出て来て、花園は風雲混沌とした。
女の子の出番であった。のこちゃんと悦ちゃんと光ちゃんが従軍看護婦となり、頬を火照(ほて)らして負傷者を探し回った。・・・・・>

子供達が遊んだ「蓮華の花園」はマンションになり、猿飛佐助と坂本竜馬の戦いに黄金バットが助っ人した謎の戦い、子供達の喧騒・・・遠い過去のものとなってしまった。