❶「八幡史学館」の概要
 「八幡史学館」(グループ)は平成17年から令和8年3月まで、市原市立八幡公民館で、20年間にわたった公民館講座を中心とした郷土史研究グループである。地方(じかた)史料を掘起こし、「市原の古文書研究(B5判300ページ)」全8集を刊行した「市原の古文書研究会」と、郷土史展示会や八幡の石造物悉皆調査をまとめた「史学館チーム」、城郭研究や町歩きを楽しむ「城と史跡を歩く会」で構成した。中でも、古文書研究会は、八幡屈指の旧家・市川本店から戸長(村長)時代の「八幡港船改め所五大力船文書群」、家業の「醤油醸造所文書群」など4万点規模の郷土史料を掘起こし、市原市郷土資料館への一括寄贈を実現した。そのほか若宮八幡神社旧蔵文書、飯香岡八幡宮文書、旧名主寺嶋家文書、旧菊間藩士岡田家文書などの調査活動を行い、平成27年、「千葉県文化財保護協会功労賞」を受賞した。
平成30年、八幡公民館の「文科大臣表彰」でも受賞理由となった。「千葉県公民館連絡協議会ニュース(会報)」は、「郷土を愛する八幡史学館」、「主催事業の八幡史学館は地区の歴史資料を掘起こし、その背景を学ぶことにより、郷土への理解と愛着を高めることを目的としており、(中略)地区に残された建築、文化遺産、古文書などは貴重なものが多く充実しています。毎年受講者が多く、学びたいという意識が高いのでニーズに応えられるように企画しています。」また、史学館午後に開催した特別企画「八幡歴史散歩=飯香岡八幡宮と五大力船の本拠・八幡港を巡る催し」が好企画として紹介された。
 八幡史学館は当初、提唱者の山岸弘明を中心に佐倉東雄、板倉 満、石井 勇らメンバ―が担当、のちに地域郷土史研究者である、宮本敬一(市原市文化財センター所長)、平澤牧人(飯香岡八幡宮宮司)、山越国臣(市原里造りの会)、 松井哲洋(和船研究家)を加え、市制50周年記念事業の特別講座は、市原市埋蔵文化財調査センター・田所 真所長に「上総国府」についての講演をお願いした。
 最終第20シリーズ講師は、平澤牧人、時田光夫(八幡公民館運営委員会副会長)、小関勇次(清和大学特任教授)、辻井義輝(東洋大学東洋学研究所客員研究員)、立野 晃(市原歴史博物館協議会長)、塚原 茂(鶴舞を知る会事務局長)が講演、山岸の さよなら講座「ありがとう八幡公民館」をもって終結した。
●八幡史学館=平成18年~令和8年八幡公民館閉館まで。1シリーズ5〜6講座。募集数=先着順45名→50名→コロナ禍以降30名。 講座以外のおもな事業=創立60周年展(平成20年・八幡公民館とむかし八幡展)、市制50周年記念事業(25年・上総国府講座、市原地区の歴史展)、史学館10周年展(28年・八幡湊と五大力船展)、創立70周年記念展(30年・70周年の黎明)主管、DVD「むかし八幡町」制作、市制50周年事業「市原市の昭和」グループかから編集委員5人、「市原市の100年」代表編集委員、八幡史学館DATAFILE制作、八幡公民館閉館記念『八幡さまと五大力船』編集、執筆担当
●市原の古文書研究会(市川本店文書調査会)=平成13年、秋葉 平講師の古文書学習会有志により結成。郷土史料の掘起こし、解読、発表。郷土史研究。会員数=7人。コロナ禍と高齢化のため縮小、中断中。主な調査先=(前出続き)、八幡梅谷家、満徳寺、称念寺、妙長寺、五所今井家、草刈中村家、勝間佐野家、茂手木家、古都辺秋葉家。
●八幡史学館チーム(旧八幡の石造物研究会、八幡史学館名所100選チーム)=平成20年八幡史学館参加者有志により結成。目的=郷土史研究、拓本技術研修、史学館運営協力。会員数=8人。コロナ禍と高齢化のため活動中断中。主な事業内容=やわたむかし写真館(平成19年から)、八幡名所100選、「市原市八幡の石造物研究(平成25年)」「八幡町と歩いた八幡公民館70年の黎明(令和3年)」の刊行、閉館記念誌「歴史探訪ものがたり(7年)」の編集協力、「公民館主催各種展示会の主管。
●城と史跡を歩く会(城を歩く会)=平成11年、城郭研究家・大森拓二(世田谷区=西ヶ谷恭弘系)が主宰する「城を歩く会」のサブ講師・山岸弘明がコミュニテイ紙の応募者20人で創設、6か月で50人に広がるが、6年後多忙のため縮小。平成24年、城を歩く会2代会長就任にともない合併。 講師役は市原の会60回、東京の会150回、ほかに辰巳公民館8年、三井ボランティア協会、市民大学など。令和5年、コロナ禍と会員高齢化のため解散。老人ホーム入居時資料廃棄のため、元参加者資料で一部を復元した。  会員数=80~100人、毎回40人参加。主な案内地=江戸城と城下、大阪城、名古屋城、駿府城、二条城、御所、伏見城、姫路城、彦根城、安土城、竹田城、朝倉館、福井城、北の庄城、丸岡城、沼津城、小田原城、一夜城、甲府城、鎌倉城、佐倉城、川越城、唐沢山城、松本城、上田城、小諸城、高田城、春日山城、会津若松城、仙台城ほか

八幡史学館グループの活動紹介した主要記事

➀八幡むかし写真館オープン(平成19年、東京新聞=70年の黎明305ページから)
➁あの人この人、写真館オープン(〃 、広報いちはら=八幡の石造物研究前付ページ)
➂寺嶋家文書を解読(平成22年・読売新聞=古文書研究6集299ページ)
➃国府講座(平成25年・千葉日報縮刷版11月24日=地調査中)
⑤古文書解読、市民らの研究会(平成26年・千葉日報=古文書研究6集297ページ)
➅文化財保護功労者表彰式(平成27年・協会資料=古文書研究会7集前付写真ページ)
➆五大力船の謎史料でひもとく(平成28年・千葉日報=公民館70年黎明306ページ)
➇文科大臣表彰(平成30年・県公民館連協ニュース=公民館70年の黎明297ページ)
⑨公民館70周年展 平成31年1月10日読売?千葉?=調査中)
⑩むかし八幡DVD作成       (令和□年月日、千葉日報=調査中)
⑪八幡パレット誕生、八幡公民館78年の歴史に幕(令和8年4月2日・千葉日報)

❷補足、追加収録資料
➀令和5年4月八幡公民館いきいき八幡塾=IMUSEAM「市原歴史博物館見学
➁平成23年11月八幡史学館+1=千葉市埋蔵センターと足利義明の小弓城を歩く」
➂平成23年11月八幡史学館+1予備企画=大河ドラマは「お江」から「平清盛」へ
➃平成23年8月辰巳公民館江戸東京歴史散歩=➀お江と江戸と大名庭園
⑤平成23年9月〃 、〃 =②バス研修=将軍菩提寺増上寺と大名庭園芝離宮庭園
➅平成23年11月城を歩く会=鎌倉の古刹、名刹。亀ケ谷切通しを歩く(部分)

❸「八幡さまと五大力船」読者感想
➀西 聡子先生(市原ミュージアム学芸員)=八幡公民館の閉館記念事業の「八幡さまと五大力船」、貴重な本をお送りいただきありがとうございました。大変な力作ですね。(ミュージアム)館内で回覧しながら充実した内容にみんなで驚いています。

②辻井義輝先生(東洋大学東洋学研究所客員研究員)=ご本拝見しました。写真が豊富で大変魅力的な本です。市原市八幡に関しては、山岸さんのご本はこれから市原市八幡を知るうえで基本書としての位置をえてゆくことと思います。私自身も以後、この本を参照させて戴くことになろうと思います。大変すばらしい本をまことにありがとうございました。

➂竹澤修一先生(名古屋商科大学教授)=大変わかりやすく、かつ古文書などの原史料に当たられているので、重みと説得力に満ちています。かつ、徒に学術性に追及することなく、歴史にロマンをもとめられる考え方に魅力を感じました。それにしても上総国総社として尊崇を集めている飯香岡八幡宮が、目を見張る形で現存していること羨ましく存じます。といいますのも、現在私は大学に勤務しておりますが、市川市の公立中学校に勤務し、生徒や教師仲間とともに下総国の歴史について追いかけていた時期があるからです。下総国総社である六所神社は、現在国府台スポーツセンターの一角に記念碑があるのみです。市原のみなさんが、千年の時空を飛び越える歴史にコンタクトできることを慶ばしく思います。飯香岡八幡宮に因む、諸社・諸寺の充実ぶりも目に引きます。市川市にも真間山弘法寺や中山法華経寺などの大伽藍がありますが、時には神仏習合、時には廃仏毀釈と、その時の世相で神仏の関係性が移ろっていく様は興味深いですね。私は学校関係者として、八幡小学校などの記述は気になります。明治5年の学制発布後の八幡小学校の誕生までの道程はとてもエキサイティングであり、かつて市川市で最初に誕生した市川小学校について自分自身が調べた時の興奮が蘇りました。
さて「五大力菩薩」に命名を由来する「五大力船」ですが、江戸時代を中心に明治時代の末期まで活躍していたのですね。この物流によって栄えた八幡宿の往時の様子をタイムスリップして見てみたい誘惑にかられます。山岸さんは「市川本店文書群」に実際に当っておられるので、当時の繫盛ぶりを膨大な記録からイメージすることができるのですね。これもまた「歴史ロマン」の一端なのだと思います。

④井田 晃先生(家系図、郷土史研究家)このたびはご執筆の「八幡様と五大力船」をご恵贈いただき有難くお礼申しあげます。とくに飯香岡八幡宮の由緒や五大力船、八幡地区を中心に過去の姿を旧家の文書写真などを多く用い、解りやすく詳述された大変すばらしい力作で感服いたしました。
 大叔母が嫁いだ金澤家は旧水野藩士で、明治2年2月沼津を発ち五井経由菊間に着いたとのこと。また、五大力船の江戸側停泊地を木更津河岸と想像していましたが、小網町と記され永年の疑問が腑に落ちた次第です。海苔養殖について明治44年千葉県水産試験所技手を拝命した祖父・井田助作は千葉湾岸での海苔養殖にかかわったと申しておりました。養殖の写真は昭和40年ころ始まった海岸埋め立て前の稲毛海辺の風景と重なるものがあります。小中学校時代、家業が海苔業者である同級生が多数おりました。 私は工場疎開の関係で昭和21年喜連川で生まれました。定年後、古文書を習い始め、母の実家の先祖調べで、足利義明の末裔で足利氏存続に大きな役割を果たした嶋子ゆかりの、市ケ谷月桂寺墓碑や小平・小川寺梵鐘銘などを解読しました。月桂寺は嶋子(月桂院)が開基、柳沢吉保の庇護を受けた大寺院であったが、戦災などの影響で、現在はさほど大きいとは言えませんが、喜連川住民がバスを仕立てて墓参に来るそうです。時間とともに消滅しかねない多岐にわたる文化財に光をあてたすばらしいご本であり、ついつい自身に重ね合わせて読ませていただきました。

八幡史学館アーカイブ
 平成18年から令和7年まで、計20回シリーズの八幡公民館の歴史講座レジュメ

市原の古文書研究 集
「市原の古文書研究会」が発刊した書籍 第1集から第8集まで

八幡の石造物 史料
 「八幡の石造物研究会」発刊物 
「市原市八幡の石造物研究」「八幡稱念寺の石造物と文化財」

八幡町と八幡公民館公民館 史料
「八幡町と歩いた八幡公民館70年の黎明」