じゃらぼこ


椎津カラダミの「万燈」
旧暦のお盆が終った夜、姉崎の本町通りを中心として「じゃらぼこ」の行事が行なわれた。
盆提灯に飾られた山車が、川崎稲荷を出発し、仲町・本町を通り宍倉呉服店の前を左折し浜町海岸へと曳き廻された。
 家々でお盆に使われた提灯で飾られた山車が、若者衆のお囃子にのせゆったりと曳き回される。
 浜町海岸では盆踊りの櫓が組まれており、夜店で賑わっている。
浜町海岸に着いた山車から提灯が下ろされ、これに火をつけてご先祖を送る火とした。

これが「じゃらぼこ」の行事であったが、昭和の後半から行われていない。

「椎津のカラダミ」の「万燈」に酷似しており、はやし方も同じである。
二つの関連をご存知方は教えて頂きたい。

「じゃらぼこ」の思い出を紹介します。

斉藤信子氏 談 仲町在住
『じゃらぼこ じゃらぼこ おんじゃんじゃん』
単調な掛け声の繰り返しと共に、お盆の16日の夕方に川崎稲荷を出発した山車は、本町の通りを子供達に曳かれゆっくり進んだ。
 山車は二重に棚組みがされており、ここに新盆さんより切子提灯、家々から寄せられた迎え提灯が架けられた。山車は夕闇にくっきりと浮かびあがり、色鮮やかな切子提灯が五色に輝き、ゆったりと揺れる様は、たとえようのない美しさであった。
『じゃらぼこ じゃらぼこ おんじゃんじゃん』
山車は坂本呉服店の前を左に折れ、榊原宝生堂の脇を進み浜町海岸に到着した。
浜町海岸の海水浴場の砂浜で提灯はすべて降ろされ、山のように積み重ねられる。
 妙経寺の住職の供養のなか、提灯の山に火が着けられた。
真っ暗な砂浜に、赤々と燃え盛る送り火。
浜では盆踊りが行はれ、夜が更けるまで多勢の人で賑わった。

少年の日の幻想曲 より坂本武夫 著 昭和10年頃の姉崎の思い出 詳しくは展示場・書物をご覧下さい。
「じゃらぼこ」の行事は盆の終わった夜に催された。盆に吊るした提灯は、来年用に一張りを残して山車に委ねた。新盆の家でも岐阜提灯と脚付き行灯ぐらいを残して山車に積んだ。山車は各種の提灯の揺らめきで花電車のようになった。数人の若い衆が浴衣姿で乗り込み、笛と太鼓で趣を添えた。山車に取り付けた太縄に大人も子供も取り付いた。縄に取り付けない者、取り付きたくない者は山車の見物に群がった。
 じゃらぼこ じゃらぼこ
 おんじゃんじゃん
 そーらーやっせ おっこらせ
唱えるというより、笛と太鼓に合せる怒鳴り声だった。
「そーれっ! そーれっ!」
合間に、引っ張るリズムに掛け声を掛けて、山車は本通をゆっくり練って、呉服屋の前から浜町海岸へ出た。広場には盆踊りの用意も整えられていた。夜店も出ていた。団扇を使う人たちも待っていた。広場に引き出された山車から提灯が下ろされ、底の皿を剥がして山と積んだ。底はろうそくの灯るまま沖へ向って流した。流す時、お題目が一斉に唱えられた。手拭を目に当てる人もいた。さすがに沖には漁火(いざりび)の影も見当たらなかった。海と空の溶け合う辺りが薄明るかった。イルミネーションに燦らめく夜の東京が忍ばれた。
提灯の底の灯が幾つか遠くへ漂い、星のように小さく瞬いて消えると、提灯の山に火が放たれた。盆踊りが始まった。櫓が一際火に映えた。夜店の張り声が忙しくなった。

参考文献
  「少年の日の幻想曲」坂本武夫著 東京経済 平成4年 4月発行