
田畑の害鳥を追い豊年を願う小正月の行事。正月の十四日の夜、子供たちが「ホーホンヤ ホーホンヤ」とはやしながら、青竹を正月の門飾りの榊(参考:姉埼神社・
松を嫌う)でたたきながら家々をまわった。「ホーホンヤ」とは「穂に穂がなれ」という意味で(「豊年だ」との説もあり)、青竹をたたくのは、すずめを追う意味だという。 姉崎地区では昭和三十年代まで行なわれていた。
<歌(姉崎/台・佐久間武氏)> サウンド(WMA 106K) 時間 42秒
ホーホンヤ ホーホンヤ 粟(アワ) きん穂 ホーホ
ホーホと追えども 立たぬか 田烏(タンカラス)
苗代の畔(フチ)に子持ち鳥が寝てて なぜそこへ寝てた
左か十五日のお粥くって 素飛(スットベ) 素飛(スットベ) ホーホ
今年の年は 弥勒の年で 三貫銭を 襷にかけて米(ヨネ)秤 金(コネ)秤
追えば腹立つ おわんけりゃ叱る
にせほっくり ホーホ
<歌(姉崎/仲町・斎藤信子氏)> サウンド(WMA 106K) 時間 41秒
ホーホンヤ ホーホンヤ 粟(アワ) きん穂 ホーホ
ホーホと追えども 立たぬか 田烏(タンカラス)
苗代の畔(フチ)に子持ち鳥が寝てて なぜそこへ寝てた
たたねば十五日のお粥くって 素飛(スットベ) 素飛(スットベ) ホーホ
今年の年は 弥勒の年で 三貫銭を 襷にかけて米(ヨネ)秤 米秤
<歌(椎津・込山氏)> サウンド(WMA 97K) 時間 36秒
ホーホンヤ ホーホンヤ 粟(アワ) きん穂 ホーホ
ホーホと追えども 立たぬか 田烏(タンカラス)
今年の年は 弥勒の年で 三貫銭を 襷にかけて米(ヨネ)秤 米秤
苗代の畔(フチ)に子持ち鳥が鳴いてて なぜそこへ鳴いてた
左か十五日のお粥くって 素飛(スットベ) 素飛(スットベ) ホーホ
<意味>
注:歌詞は人に依って微妙な違いがあるが、大筋は同じである。
歌詞の意味で不明な点がいくつかある。
いわれをお知り方、教えて下さい
きん穂⇒粟の金色の穂、またはキビの穂のことか
ひだり⇒なんの左か、
十五日のお粥⇒姉崎地区では小正月に小豆粥を食べる風習がある。この粥か
弥勒の年⇒弥勒の来る年(=豊作の年)の意味か
三貫銭⇒なぜ三貫か
にせほっくり⇒「ほっくり」は「微笑み」か
<ホーホンヤ>の想い出
佐久間武氏(姉崎・台 在住)に当時の想い出を語ってもらいました。
ホーホンヤは親方(といわれる年長者)が取り仕切っていた。
これに参加できるのは小学生から中学生だったが、深夜になるので低学年は途中までで帰された。
竹は割れぬよう太い孟宗竹を使うのだが、買うには金がいるので親方らが竹山から(無断で)切ってきた。
子供らは門飾りの榊の太い枝をもって、夕方、姉崎神社に集まってくる。
神社で孟宗竹を担ぎ、歌にあわせ竹を榊の枝で叩きながら、まずは神社を3回廻ってから部落へ繰り出していった。部落の全てを廻りおえるとそこで終わりとなるのだが、大体、夜の9時頃になってしまう。
廻った家々ではいくばくかのお金をくれた。これを皆に配るのも親方の役目である。
貰ったお金でラーメン(当時1杯40円程度)を食べるのが楽しみだったが、昭和35年頃、当時の市教育委員会から「子供がお金を貰うのは教育上問題がある」との指摘があり、お金でなくノートなどの文房具を渡そうなどの話がでたが、これ以降やらなくなってしまった。

参考文献
相川誉夫(よしお)氏(姉崎在住) 提供資料
巻等の絵は 広瀬蘆竹画(斎藤信子氏 蔵)