鶴牧県(つるまきけん)

「鶴牧県」。明治4年7月から同年11月までのわずか4ヶ月であったが公式に存在した。

 大政奉還後も市原郡(今の市原市にほぼ相当)で唯一存続した鶴牧藩は、明治4年(1871年)7月14日(旧暦、太陽暦では8月29日)廃藩置県により「鶴牧県」となった。
同年11月(旧暦)第一次府県統合により市原郡全域が木更津の一部に編入されたのに伴い「鶴牧県」は消滅した。

その後の行政地区の変遷
明治 6年 6月15日1873年木更津県は印旛県と統合し千葉県となる
明治11年 7月22日1878年郡区町村編成法により市原郡が編成される
明治22年 4月 1日1889年町村制施行により鶴牧村が発足
明治24年 6月 1日1891年町制を施行し姉崎町となる
昭和30年 3月31日1955年旧千種村の一部を編入
昭和38年 5月 1日1963年姉崎町、市原町、五井町、三和町、市津町が合併し市原市となる


  「千葉県市町村合併史」 千葉県市町村合併史刊行会
     「市原のあゆみ」 市原教育委員会