
姉崎神社拝殿の注連縄
神社の拝殿や神木などに掲げられている『注連縄(しめなわ)』。
標縄、七五三縄、〆縄とも書かれる。また年縄とも呼ばれる。
これは神聖・清浄な場所を区画するために張られている。
その起源は古事記に『天照大神が須佐之男命の乱暴を畏れ天石屋戸に隠れた時、この天石屋戸のまえで天宇受売命らの神々が賑やかな宴を催した。これを怪しんだ天照大神が覗いたところ、傍に隠れていた天手力男神がその手をとり天石屋戸から引き出だした。そして布刀玉命が
尻久米縄(しりくめなわ)をその後ろへ張り渡し「ここより内に戻れませぬぞ」と告げた。』と書かれている。
この『尻久米縄(しりくめなわ)』に由来すると云われている。
また、学習院女子短期大学講師 吉野裕子氏によると注連縄の形は『蛇の交尾』を擬したものだと云う。
氏は著書『蛇 日本の蛇信仰』(講談社学術文庫)で、蛇の形体・生態から各地の信仰・風習を説き、蛇信仰が如何に日本人のなかに浸透しているかを述べている。 以下にその一部を紹介します。
日本の蛇信仰は縄文時代の昔より引き継がれており、縄文人が蛇に寄せた思いの源は
- 蛇の形体が男根を思わせること
- 蝮などの強烈な生命力と、その毒で敵を一撃のもとに倒す強さ
- 脱皮により生まれ清まる再生力
性に対する憧れ、崇拝、畏怖、歓喜、それらが凝集して神与のものと考えられ、その象徴が『蛇』として捉えられた。
縄文土偶の女神の頭に蝮を戴き、有頭(亀頭)石棒を崇拝はその象徴である。
蛇がトグトを巻いた形姿から円錐形の姿をした山が信仰へ結びついた。
常陸風土記・ヌカヒメ伝承、箸墓伝承など、蛇神と交わる各地の伝承
蛇の古語『カカ』から類推し、鏡(蛇の丸い目)、カカシ(田を守る)等は蛇を見立てたもの。
正月の『鏡餅』は蛇がトグロを巻いた形であり、関西に多い丸餅は蛇の卵の造型。

等々、日本の蛇信仰について興味深い研究が数多く載せられているが、その中で『注連縄』について次のように述べている。
「シメクメ縄」が今の注連縄の原義とされている。志摩地方では、昔、トンボの交尾を「シリクミ」といったというが、これはシメクメ縄のシリクメと同じ語であろう。それならば、シメクメ縄、つまりシメ縄はまさに蛇の交尾を象る(かたちどる)縄で、それ故に、もっとも神聖視されたのである。
写真は蛇の交尾(同書より)

少し前までは農家では誰でもが縄を綯(な)う事ができた。
注連縄も各家で作り、これを副業としている家々もあったが、今ではで注連縄は買うものとなってしまった。
姉崎・台では毎年、地域の皆さんにより姉崎神社奉納の注連縄がつくられている。
この注連縄つくりのために育てた稲を穂が出ないうちに刈り取り、帆脱色しないように陰干し、青々とした稲藁をつくる。
これを注連縄に綯っていくであるが、拝殿用の大注連縄となると技と体力が要求される。
写真は台の皆さんによって造られた注連縄(平成13年)